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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8720号 判決 1997年8月29日

原告(反訴被告)

宮田真亀

田辺由香理

右両名訴訟代理人弁護士

吉田亘

被告(反訴原告)

ナイトイン女女こと

宮田美千子

右訴訟代理人弁護士

小沢礼次

主文

一  原告(反訴被告)宮田真亀の被告(反訴原告)に対する二五万八六二〇円の債務及び原告(反訴被告)田辺由香理の被告(反訴原告)に対する二二万八〇六〇円の債務が、いずれも存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴とも被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  原告(反訴被告、以下、単に「原告」という。)らの本訴

主文第一項と同旨

二  被告(反訴原告、以下、単に「被告」という。)の反訴

1  原告宮田真亀は被告に対し、五四万九四〇〇円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告田辺由香理は被告に対し、七二万八〇六〇円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

第二  事案の概要

原告らが、被告の主張する未収金債務の不存在確認を求めたのに対し、被告が、右債務の履行及び慰籍料請求の反訴を提起したものである。

一  争いのない事実等

1  被告は、大阪市北区堂島一丁目五番一号所在のショウキン第二三ビル三階において、スナック「ナイトイン女女」の屋号で接客業を営む者であり、原告宮田は平成五年九月から、原告田辺は平成六年九月から、いずれも平成八年三月まで、被告に雇用されて、右スナックにホステスとして勤務していた者である。

2  原告らは、いずれも、右スナックの従業員となるに当たり、被告との間で、右スナックの特定の顧客について特定のホステスの担当とし、この顧客の飲食債務について、毎月の締め切り日である二〇日から四五日以内に支払がないときは、担当ホステスがその立替支払をするとの口座制(以下、単に「口座制」という。)をとることに合意した(乙第一、第二号証)。

3  被告は、原告らが右スナックの従業員を辞めた時点で、別紙「未収金の表」記載のとおり、原告宮田について二五万八六二〇円の、原告田辺について二二万八〇六〇円の未収金があったので、右口座制の合意に基づき、その支払義務があるとして、その各支払を求める。ただし、原告宮田については、その後入金があったので、残高は四万九四〇〇円であると主張している。

二  争点

1  被告主張の口座制の合意の効力

(原告ら)

原告らは、右スナックの従業員となるに当たって、右口座制について記載した契約書(乙第一、第二号証)にそれぞれサインしたのであるが、これについては十分な説明もなく、強制的なものであった。そして、特定の客を口座制にするかどうかも、被告の判断によってなされたものである。右各契約書記載の原告らの雇用契約上の履行義務は、労働基準法に違反するものである。これらから、右口座制の合意には効力がない。

(被告)

口座制についての合意は、原告らの任意の意思に基づいたものであったし、特定の顧客について口座制をとるかどうかも、原告らの自由であって、何ら強制されたものではない。そして、口座制をとった場合には、口座料として、一組につき一〇〇〇円ないし三〇〇〇円の払い戻しをすることとなっており、被告としては、原告らの債務が増加しないように、債務の多い客の出入りを差し止めたり、配慮してきたし、また、退職の自由を制限するものでもない。さらに、被告は、口座制の客については、その住所等を把握していないので、直接、未収金を請求することはできず、担当ホステスに請求するほかないのである。

2  被告の原告らに対する債権

(被告の主張)

被告は、前述の未収金残額を請求するほか、原告らが未収金を残したままいきなり店を辞めた上、不当な訴訟を提起したことによって、多大なる精神的、肉体的苦痛を受けたので、原告らに対して、各五〇万円の慰籍料を請求する。

(原告ら)

被告の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  口座制の合意の効力について

1  原告宮田本人尋問の結果によれば、原告宮田は、初めてスナックのホステスとして勤務することになったのであるが、その従業員となるに当たって、被告から勤務条件等の説明を受けた上、契約書(乙第一号証)を渡されて即時サインしたことが認められ、また、原告田辺本人尋問の結果によれば、同原告も、初めてスナックのホステスとして勤務することになった者で、被告の従業員となるに当たって、被告から契約書(乙第二号証)を渡されて、一読しただけで、即日、サインしたことを認めることができる。そして、甲第六号証の七、乙第一、第二号証によれば、欠勤については様々な罰金制度があり、その組み合わせによっては、一か月の給料がマイナスになることも生じ、現に、原告宮田については、二万円以上のマイナスとなったこともあると認められる。原告らが、初めてスナックのホステスとして勤務することになった者であることを考慮すれば、その契約書に記載のあった口座制を含め、その労働条件について、十分な理解の上で、これに合意したものかどうかは疑わしい。

2  証人神内理恵の証言、原告田辺本人尋問の結果によれば、ホステスがその知人を連れてきたときは、一旦は口座制の客となること、制度としては、口座制の客とするかどうかは、ホステスの自由であるものの、被告が原告田辺に請求する未収金を生じた客である三浦涼子が原告田辺の口座となったのは、店を実質的に運営していた神内理恵の指示によるもので、原告田辺は断ることができずに、その担当となったことが認められる。

3  乙第一、第二号証、証人神内理恵の証言によれば、口座制をとった場合に、これによりホステスが取得できる利益は、指名料一〇〇〇円ないし三〇〇〇円にすぎないが、これに対してホステスが負担する支払義務はその一〇倍を超えることが認められる。そして、甲第一、第二号証、第三号証の一、二、第四号証の一、二、原告宮田及び同田辺各本人尋問の結果によれば、原告らは、被告が退職に承諾しないため、弁護士に委任して、内容証明郵便で退職を通知したこと、原告らが退職の意思を表明してから、神内において、原告らに前述の未収金の請求をするようになり、かつ、被告は、原告らに対する取立てを、これを業とする池田博功に頼み、池田において原告宮田の住居に執拗に電話をしたり、連日のように訪れて大声で請求したり、右住居のあるマンションのエレベーター内に赤いマジックで書いた催告状を貼り付けたり、原告田辺の実家にも、催告通知を送りつけたり、執拗な請求をしたこと、また、被告は、本件反訴においても、未収金があるのに辞めたことをも一つの理由として慰籍料を請求するなどしていることが認められるが、この未収金の請求は、これがあるままに店を辞めたことに対するいやがらせと考えられ、退店の自由を制限する手段といいうる。

4  以上に鑑みるに、被告と原告らとの関係は、雇用契約であって、原告らが経営主体に近いような立場にあったと認める証拠はないところ、原告らが、契約書に記載のあった口座制を含め、その労働条件について、十分な理解の上で、これに合意したものかどうかは疑わしく、本件口座制は、これをとることによるホステスの利益は、単に、指名料を得られるだけであるのに対し、客が支払わない場合は、その一〇倍を超える飲食代金の支払をしなければならないなど不利益は大きく、経営者にとっては、支払能力に疑問がある客については、事実上、口座制を強制して、飲食代金の支払を確保するとともに、ホステスに経営者に対する債務を負担させることでその退職の自由を制限するという機能を果たすことができる。そして、被告経営のスナックにおいては、その労働条件は、時に、一か月の俸給が数万円のマイナスになることもあるなど、原告らにとって非常に不利なものであって、現に、原告らの退職に承諾せず、内容証明郵便によって退職の通知を受けるや、執拗な未収金の請求を開始したことからすれば、被告にとっては、口座制が原告らの就労をつなぎ止める重要な役割を果たしていたものと認められる。してみれば、右口座制の合意は、原告らにとって著しく不利益な契約であり、公序良俗に反し、無効といわなければならない。

二  被告の原告らに対する債権

被告主張の未収金については、前述のとおり、口座制の合意に効力が認められないため、これを原告らが支払う義務はない。なお、被告宮田の客であった山内正の未収金については、既に支払済みの可能性が高い。

また、慰籍料請求については、原告らに未収金の支払義務がなく、かつ、本訴請求が正当であるから、原告らに慰籍料支払義務も生じない。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないのでこれを棄却し、主文のとおり、判決する。 (裁判官松本哲泓)

別紙<省略>

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